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  心下痞・心下痞梗の頻度、虚実及び心下圧痛との関係(脾胃の研究Ⅳ) 2 梅の木中医学クリニック 川又 正之
 

表4 心下痞で実証


胃熱

みぞおちは膨満と圧痛

胃痛。373(甘連梔子湯)

胃腸熱結

心下痞悶、胸脇苦満

心下重苦しい。82大柴胡湯

6)心下圧痛13例について、
表1から心下圧痛の例を抽出したのが表5である。
結果5:心下圧痛は実証または虚実夾雑でのみ発生している。虚証ではみられな い。

表5  心下圧痛例


実証5

胃熱4

151黄連解毒湯加釣藤3黄耆3、 373甘連梔子湯、
372甘草4山梔子2黄連2、 p46温清飲(血虚胃熱)

胃寒1

p28安中散

虚実夾雑8

脾胃不和5

6-2半夏瀉心湯、139椒梅瀉心湯、356生津補血湯、
359清熱解郁湯、p304半夏瀉心湯

脾虚湿熱1

229茵陳五苓散+六君子湯

脾気虚水湿1

p138香砂六君子湯

肝気犯脾1

p160柴芍六君子湯

7)心下圧痛13例と「心下痞または心下痞梗」の関係 
表1から心下圧痛と心下痞または心下痞梗の関係を抽出して表6にしめす
結果6:心下圧痛と「心下痞または心下痞梗」の併存している症例は11例あった。併存が多く圧痛のみは2/13であった

表6 心下圧痛と「心下痞または心下痞梗」の関係 


心下痞+圧痛、4例

373、356、359、6-2

心下痞梗+圧痛、7例

p28、151.p46、139、p304、p138、p160

圧痛のみ2例

372、229

8)心下における虚実と心下圧痛の関係。
胃の症状を訴える「胃病+胃主体の脾胃不和」と心下圧痛の関係を統計処理した。表7に示す。
結果7:心下圧痛が胃の実邪を見分ける手段とすれば、その感度は低い(36.4%)が、特異度は100%、偽陽性がない。

ちなみに「脾胃の症状を呈した症例」すべてで計算すると感度は28.9%、特異度100%であった。

表7 心下における虚実と心下圧痛

 

心下、胃脘部で
胃の実証または虚実証

心下、胃脘部で
胃の虚証

 

心下圧痛

8

0

陽性的中率8/8

心下圧痛なし

15

6

陰性的中率6/21

 

8/22(感度36.4%)

6/6(特異度100%)

 

9)脾胃病以外で起こる心下痞と心下圧痛  
大塚腹診症例217例と山田腹診症例81例から脾胃病腹診症例61例を引いた
237例のうち、心下痞、心下痞梗のある症例を抽出した。表8、表9に示す。
結果8: 脾胃病以外でおこる心下痞は14例5.9% 虚実夾雑が10例と多い。実証が4例。心下圧痛は見られなかった。胸脇苦満から進展した心下痞は4/14と少なく、心下痞、満の単独の症例が多く10/14と多い。


表8  脾胃病以外で起こる心下痞

 

虚実

心下痞、
心下満
10例

145-2、
三黄瀉心湯、+山梔子
(脳出血後不眠)
211半夏厚朴湯
(めまい神経症)

70麻杏甘石湯+当帰、川芎、人参、乾姜、桂枝、
(高血圧、喘息)
102柴胡加竜骨牡蠣湯(癲癇)
174茯苓飲(肋膜炎)
208半夏厚朴湯加桂枝甘草竜骨牡蠣湯(バセドー)
221呉茱萸湯、(嘔吐頭痛)
249白虎加人参湯(めまい)
320生姜瀉心湯(眩暈、胃重、不眠)
p108桂姜棗草黄辛附湯(便秘、意識混濁)

心下痞、満+胸脇苦満、4例

87大柴胡湯(不眠)
142三黄瀉心湯(鼻血)

105柴胡加竜骨牡蠣湯(血の道)
106柴胡加竜骨牡蠣湯(心悸亢進、不安)

10)脾胃病以外でおこる心下痞梗と心下圧痛
この結果を表9に示す
結果9:脾胃病以外でおこる心下痞梗は16例6.8%と少ない。実証8および虚実夾雑6が多く、虚証2は少ない。心下圧痛は心下痞硬の実証および虚実でのみ起こる。虚ではみられなかった。胸脇苦満と心下痞梗が併発して全体に硬くなっている例が4/16ある。また「上腹部全体が硬い」のが6/16あり、あわせて上腹部全体硬は、10/16ある。脾胃病以外でおこる心下痞梗は上腹部全体硬の一部としてみられることが多い。

表9 脾胃病以外で起こる心下痞硬  灰色は圧痛

 

虚実

心下痞梗
+胸脇苦満
4例

83大柴胡湯(めまい高血圧)
89大柴胡湯(気管支喘息)
235茵陳蒿湯(黄疸)
p165三物黄芩湯+瀉心湯(手足煩熱、不眠)

 

 

上腹部全体
が硬い
6例

p194小陥胸湯(結胸)

245増損木防已湯
(心臓喘息、肝肥大)
246木防已湯(心内膜炎)
247木防已湯(慢性腎炎)
p335木防已湯(心臓喘息)

192人参湯
(肺結核)

心下痞梗
6例

238茵陳蒿湯(蕁麻疹)
p244大柴胡湯(半身麻痺、高血圧)
p301半夏厚朴湯(眩暈、頭痛)

p57越碑加半夏湯
(浮腫、運動麻痺)
p81加味逍遥散(ヒステリー)

284八味丸
(耳鳴り)

考察>胃病、脾胃合病、脾病に分類した表1「脾胃疾患の腹診症例表(61例)」では、心下痞または心下痞梗は61症例中、それぞれ14例(23%)、26例(43%)、計66%にみられ、頻度の高い所見である(結果2-1)。病機で分類すると、邪実が先に積もって起こる胃病主体:「胃病+胃主体の脾胃不和」は28例あり、心下痞は7例(25%)、心下痞梗は17例(60%)、計85%にみられた。脾胃升降失調から邪実積滞、または血不養筋などの脾病主体:「脾病+脾主体の脾胃不和」は26例あり、心下痞は7例 (27%)、心下痞梗は9例(35%)、計62%にみられた。心下痞、心下痞梗の成因は、虚実から見ると虚実夾雑証が多い(結果2-2)。そのうち脾胃不和(虚実夾雑証)によるものが、それぞれ6割と4割あった。虚証の病機は血不養筋、陽虚寒凝である(結果3)。心下痞梗で実証は当然であるが、心下痞にも実証が見られた(結果4)。一般に心下痞(虚痞虚満)が実になると心下痞硬(実痞)である。しかし、痞硬にならず膨満感が強くなり、心下痞(虚満)が心下実満になったと推測できる。このように心下痞、心下痞硬の証は虚証から実証まで幅広くみられた。一方、心下圧痛(13例/61例)が見られたのは、実証5例および虚実夾雑証8例で、虚証にはみられなかった(結果5)。心下圧痛は実邪の存在が必要らしい。心下圧痛を胃の実邪をみわける手段とすれば、感度は36%と低いが、特異度は100%と高い結果がでた。つまり偽陽性はないが、胃に実邪があっても圧痛を呈しないことも多いといえる(結果7)。また心下圧痛は「心下痞または心下痞梗」と併存していることが多かった(結果6)。
脾胃病以外でおこる心下痞、心下痞梗はそれぞれ(14/237、16 /237)、5.9%と6.8%と少ない。実証および虚実夾雑が多く虚は少ない(結果8,9)。この心下痞梗は上腹部全体硬の一部としてみられることが多い。たとえば大柴胡湯証、小陥胸湯証、木防已湯証、虚証の人参湯のように幅広く硬くなっているのが、約6割(10/16例)にみられる。心下痞では胸脇苦満から進展したものは少なく、心下痞、心下満の単独の症例が10/14と多い。実証は4/14見られた(結果8)。この4例の主訴は「脳出血後不眠、めまい神経症、不眠、鼻血」である。症状分析からそれぞれ、心腎不交、胃内停水、肝気犯脾で升降失調、肝火などにより、心下で経絡の気機升降失調を引き起こしたと推測できる。心下圧痛は心下痞硬の実証および虚実夾雑でのみみられ、虚証や心下痞では見られなかった。
つまり、脾胃病や脾胃病以外では、「心下圧痛がみられるのは実証および虚実夾雑で、実邪の存在がいる。逆に虚証であれば心下圧痛は起こらない。」という結論になる、これは前回の報告8)でも示した「胃虚寒証(虚証)でも心下圧痛があり、喜按の症例」と矛盾する。大塚、山田の症例では「虚証であれば心下圧痛は見らなかった」と言い換えるべきであろう。頻度は少ないようだが、虚証でも心下圧痛、喜按の症例はある。

参考文献
1)大塚敬節:漢方診療三十年、創元社、大阪市、1993年
2)山田光胤:漢方処方応用の実際、南山堂、東京都、1984年
3)王琦:中医蔵象学、p442~p443、人民衛生出版社、北京市、2004年
4)柯雪帆:中医弁証学、p264~p266、東洋学朮出版社、市川市、1996
5)川又正之:心下痞・心下痞梗の中医学的解釈(脾胃の研究Ⅱ)、
中医臨床133号、p44~p50、2013年
6)神戸中医学研究会:中医処方解説、医歯薬出版社、東京、1996年
7)内山恵子:中医診断学ノート、p101、東洋学朮出版社、市川市、1994年
8)川又正之:虚証における圧痛(脾胃の研究Ⅲ)、中医臨床137号、p62~66、2014年
 
 
 
 
 
 
 
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