TOP > 論文集 > 第8回その1
   
 
  心下痞・心下痞梗の頻度、虚実及び心下圧痛との関係(脾胃の研究Ⅳ) 1 梅の木中医学クリニック 川又 正之
中医臨床、通巻138号 掲載 
緒言>脾胃疾患の腹診症例を区分し、心下痞、心下痞梗の出現頻度とその虚実、及び心下圧痛との関係を分析した。さらに脾胃疾患以外での心下痞、心下痞硬も検討した。症例は大塚氏の「漢方診療三十年」1)と山田氏の「漢方処方応用の実際」2)を利用した。
方法>脾胃の症状が主の疾患で、心下、胃脘部などの上腹部に腹診所見のある61全症例(大塚48+山田13)を胃病、脾胃合病、脾病に分類し、表1「脾胃疾患の腹診症例表」を作成分析した。脾胃合病とは脾と胃の症状をもった病とし、脾胃合病は心下痞、心下痞梗のみられる脾胃不和と、それらがない者に区別した。脾胃不和とは王琦によると「胃の受納降濁と脾の升精が失調して、食欲減退、食後腹脹がみられ、脘腹脹痛、腹瀉、噯気、悪心、嘔吐の症状がでる病症。」である3)。つまり升降失調すると、腹診では心下痞、心下痞梗になり、脘腹脹悶をおこす。これは虚実夾雑証に属する4)。またその病機の違いから、胃主体の脾胃不和と脾主体の脾胃不和に分けられる5)。弁証名と分類は主訴と治療薬6)から推定した。例えば「胃痛、心下痞梗で人参湯なら胃虚寒証」「胃痛、食欲不振、心下痞梗で生姜瀉心湯なら胃主体の脾胃不和」、「腹中雷鳴、下痢で半夏瀉心湯なら脾主体の脾胃不和」、「上腹部痛、食欲不振、心下痞硬で安中散(胃寒証の方剤)なら胃の実証」。脾胃の症状を呈した疾患とは、以下の症状があるものとした7)。
(1)脾の病状>腹脹、腹鳴、泥状便、食欲減退、水腫痰飲、帯下、下痢、精神疲労、脱肛、体痩、顔色萎黄、無気力。(腹膜炎、大腸主体の下痢はのぞく)
(2)胃の病状>胃脘部脹痛、食欲減退、消化不良、噯気、悪心、嘔吐、呃逆、便秘。
脾胃病以外で起こる心下痞、心下痞梗は表8、9にまとめた。
結果>表1の症例を胃病、脾胃合病、脾病に分類して表2に集計した。脾胃不和は胃主体の脾胃不和と脾主体の脾胃不和に分けて分類した。
1)腹診症例表の区分
結果1:脾胃の疾患61例は胃病17(虚主体6、実主体8、虚実3)、脾胃合病26(胃主体の脾胃不和11、脾主体の脾胃不和8、升降失調のない脾胃合病7《虚証2と虚実5》)、脾病18(虚主体10、虚実夾雑8)に分類できた。
2)心下痞、心下痞梗、心下圧痛の頻度(表2)
結果2-1:脾胃の疾患で心下痞は61例中14例(23%)、心下痞梗は26/61(43%)にみられた。合わせて約7割(40/61)くらいの症例に起こる。心下圧痛は13/61(21%)にみられた。胃の症状が主の「胃病+胃主体の脾胃不和」は28例あり、心下痞は7/28(25%)、心下痞梗は17/28(60%)、心下圧痛は8/28(29%)にみられた。脾の症状が主の「脾病+脾主体の脾胃不和」は26例あり、心下痞は7/26(27%)、心下痞梗は9/26(35%)、心下圧痛は4/26(15%)にみられた。
3)心下痞、心下痞梗と虚実、脾胃不和について(表2)
結果2-2:心下痞は14例中、実証2、虚実夾雑10(⑤+④+①)、虚証2。そのうち脾胃不和は14例中9例。心下痞梗は26例中、実証5、虚実夾雑16(③+⑥+④+③)、虚証5。そのうち脾胃不和は26例中10例。心下痞、心下痞梗は虚実挟雑証に多く、そのうち脾胃不和によるものが、それぞれ(⑤+④/14):6割と(⑥+④/26):4割であった。

表1 脾胃疾患の腹診症例表(61症例)
下線は心下痞梗、□は心下痞、(自発的、他覚的も含める)灰色は心下圧痛、

 

 

弁証

腹診

症状、処方

胃病


証主体

胃虚寒、土虚木乗

心下が時に硬く時に軟。腹は全体に膨満の気味で振水音著明

みずおちいたむ
178人参湯

胃虚寒

小さく弾力ない

嘔吐、便秘。179人参湯

胃虚寒

腹部軟弱、振水音

胃痛。p93人参湯

胃虚寒

剣状突起の直下に抵抗があり、臍傍の左上に動悸の亢進

生唾、嘔吐
289人参湯

気血不足の腹痛

腹壁全体が板のように硬い

胃痛と嘔吐。16-2小建中湯

気血不足の腹痛

腹部は軟弱でみぞおちには全く抵抗触れない

上腹部痛
41桂枝加附子湯

実証主体

 

 

 

胃寒証         

心下痞梗、圧痛

上腹部痛、食欲不振。28安中散

胃熱

心下痞梗

口内炎。152黄連解毒湯加黄耆

胃熱

上腹部圧痛

食後胃痛。372甘連梔子湯

胃熱

みぞおちは膨満と圧痛

胃痛。373甘連梔子湯

胃熱

上腹部部全体がやや膨満して硬く張っている

上腹部痛、
68黄連解毒湯

胃腸熱結

心下痞梗、全体が膨満

便秘、腹脹。81大柴胡湯で大黄2

胃腸熱結

心下痞悶、胸脇苦満

心下重苦しい。82大柴胡湯

胃腸熱結

腹部は一体に膨満、上腹部は石のように緊満

便秘、
85大柴胡湯で大黄

 

虚実夾雑

胃熱と陽亢

心下痞梗臍上4cmに圧痛点。

空腹時痛、酸水
151黄連解毒湯加鉤藤黄耆

血虚+水逆→血虚血熱

心下と右季肋下の十二指腸あたりに抵抗と圧痛、

便黒便
46(四物湯+苓桂朮甘湯)→温清飲

陰虚火旺

右胸脇苦満、心下痞梗、臍下脱力、軟弱無力、志室圧痛。

胃痛
165三物黄芩湯

脾胃合病

胃主体の脾胃不和

心下痞鞕

 

 

胃気逆主体の
脾胃不和

心下痞鞕圧痛なし

噯気と心下痞梗
132半夏瀉心湯

脾胃不和で胃熱

心下痞鞕

胃痛、胃もたれ。133半夏瀉心湯

胃病で脾胃不和

心下痞鞕、腹がごろごろ

胃痛、食欲不振134生姜瀉心湯

脾胃不和。

みずおちから臍上に抵抗と圧痛

胃痛、胃張、139椒梅瀉心湯

脾胃湿熱

腹直筋陥没と心下痞梗~胸脇苦満

食欲不振、悪心黄疸。234茵陳五苓散

脾胃不和

腹部は心下が冷たく、左腸骨窩に圧痛、心下膨満して痞硬

胃が悪い、心下が冷、
305半夏瀉心湯加茯苓

心下痞

 

 

肝気犯脾胃、脾胃不和

みぞおちがつかえて鈍痛がある圧痛なし

蕁麻疹、胃痛。128半夏瀉心湯で自発痛→加味逍遥散

脾虚胃熱

心下痞、圧痛なし

朝悪心、胃痛。137、甘草瀉心湯

胃気逆、脾虚水滞、

心下痞、腹部膨満なし

食べると吐く、腹満、口渇
319茯苓沢瀉湯

脾胃不和

みぞおちから臍にかけて、やや左により、手拳大の膨隆部分あり、圧痛

嘔吐、心下痞、食欲不振
356生津補血湯

肝郁脾胃不和

胃部は膨満圧痛あり

食後の胃痛。359清熱解郁湯

脾主体の脾胃不和

心下痞

 

 

中気虚寒から脾胃升降失調

心下痞、圧痛

つかえ感
6-2半夏瀉心湯

心肝火旺、脾気虚痰湿

腹部は全般的に膨満、心下が張る

胃重い。100柴胡加竜骨牡蠣湯

脾、大腸主体の心下痞

みぞおちがつかえる

急性下痢。136-1甘草瀉心湯

脾胃気虚の痰飲推定

心下膨満、振水音

胃の膨満と不眠。198茯苓飲

心下痞硬

 

 

脾主体の脾胃不和

心下痞硬

胃張、苦しい。130半夏瀉心湯

脾主体の脾胃不和

心下痞硬

腹中雷鳴、下痢。136-2甘草瀉心湯

脾胃不和で泄瀉

心下痞梗、腹部はグル音

腹痛軽い水性下痢、112甘草瀉心湯

脾胃不和

心下痞梗、圧痛

食欲なく便秘。304半夏瀉心湯

心下痞

痞硬のない脾胃病

中気虚寒。虚

腹部膨満

下痢、嘔吐。18小建中湯

脾気虚と胃虚寒:虚

腹部軟弱

胃痛、軟便 215, 大建中湯

脾気虚と胃気逆:虚実

腹力なく、腸の動きが見える。腹部軟弱

胃つかえ、おくび
140旋覆花代赭石湯

脾陽虚と胃気逆:虚実

軟弱と振水音

胃張、胸やけ 190人参湯加代謝石

脾陽虚と胃虚寒:虚実

振水音著明、腹部軟弱

腹痛  328解急蜀椒湯

脾胃気虚の痰飲:虚実

腹部全体膨満、ガス充満

泡状の液体が咽喉に上がり不眠、199茯苓飲

脾胃湿熱、脾気虚
:虚実

腹に力ない、心下は圧痛

食欲不振、嘔吐。
229(茵陳五苓散+六君子湯)

脾病

虚主体

中気虚寒で便秘

腹部膨満、腹直筋下腹部で緊張、

便秘腹脹、腹痛。11桂枝加芍薬大黄湯

中気虚寒で便秘

心下痞、振水音

便秘腹脹。12桂枝加芍薬大黄湯

血虚腹痛

腹直筋拘攣、左腸骨窩に索状の抵抗圧痛

下痢、渋り腹。27当帰建中湯

脾腎陽虚

腹部軟弱無力

食少便秘~下痢。160真武湯

脾陽虚

腹は全体的に膨満の感じでみぞおちは特に痞えた感じ

やせ、下痢
180甘草瀉心湯でだめで人参湯

脾気虚、脾陽虚

腹部は膨満軟弱、振水音

浮腫と下痢。184人参湯

脾腎陽虚

空気の抜けかかった浮き袋をいじっているようで膨満してがさがさ

腹冷え、下痢
185理中湯去白朮加附子

脾気虚~陽虚

振水音

疲れ、痩せ、食欲不振。186人参湯

心腎不交+脾腎陽虚

心下が硬い

夜間多尿、下痢不眠
193附子理中湯

脾気虚

心下痞梗腹部は硬く陥没している

食べると心下苦しい、悪心、不眠
311四君子湯

虚実主体

寒邪直中、血虚寒凝

腹部膨満

腹痛、食少。52当帰四逆加呉茱萸

脾気虚+水滞

胃部に振水音、右季肋下に肝臓ふれる

疲れ、食後だるい食少
222, 半夏白朮天麻湯

脾虚痰濁上擾

心下痞硬

鼻詰まり、胃腸悪い,頭重
227半夏白朮天麻湯+半硫丸

脾虚の寒飲

腹部は軽く膨隆して、臍上で動悸をふれ、胃部に振水音を証明する

320胃が弱い、眩暈
苓桂朮甘湯(脾虚の寒飲)

脾気虚水湿

腹壁薄く、たるんで緊張ない、みぞおちに抵抗あり剣状突起の下に圧痛、心下に著明な振水音

腹脹、腹痛、便秘
138香砂六君子湯

肝気犯脾

腹壁薄く、剣状突起のすぐ下に抵抗圧痛、心下に振水音、腹直筋が両側攣急、右上部で抵抗強く圧痛。左腹直筋は臍近くに圧痛

下痢、背中痛
160柴芍六君子湯

血虚寒凝、
寒邪直中

心下痞、臍左傍から小腹にかけて硬結あり、時に急痛、心下に逆上

腹満痛、便秘。食欲不振
p276当帰四逆加呉茱萸生姜

脾気虚痰飲

腹軟弱、腹直筋攣縮

胃張、つかれ。p315茯苓飲

表2 心下痞、心下痞梗、心下圧痛について(○は虚実夾雑証)

 

 

心下痞

心下痞梗

心下圧痛

胃病
17例

虚主体6

0

3

0

実主体8

2

5

3

虚実3

0

2

脾胃合病26例

胃主体の脾胃不和11、虚実

3

脾主体の脾胃不和8、虚実

2

升降失調のない脾胃合病(7)
虚2
虚実5

 

0
0

 

0
0

 

0
1

脾病
18例

虚主体10

2

2

0

虚実夾雑8

2

61

14

26

13

4)心下痞、心下痞梗で虚証の例
表1から心下痞の虚証が2例、心下痞梗の虚証が5例あり表3に示す。
結果3:虚証の心下痞、心下痞梗では、陽虚寒凝に対する人参湯と血不養筋に対する四君子湯、桂枝加芍薬大黄、小建中湯で治療している。  
表3 虚証での心下痞、心下痞梗

 

胃虚

脾虚

心下痞の虚2例

0

12桂枝加芍薬大黄、180人参湯

心下痞梗の虚
5例

178人参湯、p289人参湯
16-2小建中湯

193附子理中湯、311四君子湯

5)心下痞で実証の例
表1から心下痞で実証の場合が2例あり、表4に示す。
結果4:心下痞実証は心下痞硬にならず、膨満、痞悶が強くなっている。

 
 
 
 
 
 
 
    NEWS