1)臨床中医内科より心不全の弁証は以下(2)のようになり、その病機は次の二つにまとめられる。
①心気、心陽虚衰、から痰濁壅盛、血瘀、水液内停になり虚中夾実になる。(これが主)、
②瘀血、痰濁、蓄水が致病因素になって水邪上犯になり実中夾虚になる。
1-2)「邓铁涛が説く病機」は上記をまとめており、参考になる
「心陽気(兼陰血)虚損が心不全の内因であり、瘀血水滞が標である。水腫には肺、脾、腎が関与するが心不全について言うと心陽不足が根本原因である。心陽気(兼陰血)から瘀血水滞ができ、これがまた陽気を損傷する悪循環に陥る。だから治療は補虚の上に活血化瘀、利水袪痰が主であり、標本を逆にしてはいけない」
2)弁証>臨床中医内科1690より
心気不足 |
心悸、気短、無力、活動後加重、舌質淡、脈虚数。 |
挙元煎(人参20黄耆20炙甘草6升麻4白朮6)加減
人参、炙黄耆、白朮、炙甘草、茯苓、遠志(袪痰寧心)、酸棗仁(養血安神)、琥珀 |
水邪上犯 |
喘咳、横になれない、大量の白い泡沫痰を吐く、心悸、征忡(驚悸以外の動悸)気急(いきぎれ)、煩躁出汗、舌唇紫暗、苔滑脈数、疾 |
葶藶大棗瀉肺湯合五苓散
葶藶子、大棗、桂枝、茯苓、車前子、猪苓、沢瀉、紫丹参、紅花、牛膝 |
痰熱壅盛 |
咳漱喘促、横になれない、痰多色黄粘調、小便短赤、下肢浮腫(水を下輸できないため)、発熱口渇、大便秘結、苔黄膩、脈滑数 |
清金化痰湯合葦茎湯
黄芩、知母、葦茎、桑白皮、茯苓、貝母、栝楼、桔梗 |
気虚血瘀 |
心悸征忡、胸脇満悶、脇下癥積、疼痛移動せず、両頬が紅紫、唇チアノーゼ、頸部青筋(脈絡瘀阻による)、下肢浮腫(瘀血による)、面色白、心身無力、舌質紫暗、脈沈渋、結代。 |
補陽還五湯加減
炙黄耆、当帰、川芎、桃仁、紅花、丹参、郁金、茯苓、葶藶子 |
陽虚水腫 |
心悸気喘、横になれず、悪寒四肢冷、尿少。下肢浮腫、(陽虚で水湿不化)浮腫は下から上に行き朝軽く夕方酷い、酷いと全身浮腫。腹水胸水、脈沈細無力、結代、雀啄脈。舌質淡胖、淡暗(心腎陽虚から脾陽虚おこす) |
真武湯合五苓散
附子、白朮、白芍、茯苓、猪苓、沢瀉、車前子、桂枝 |
陽虚気脱
心腎の陽が暴脱 |
心中澹澹して大動、喘促して横になれない、酷いと息が続かない。額には玉のような汗。顔面唇はチアノーゼ、躯幹四肢厥、尿少、無尿。神志恍惚或意識なく、脈微欲絶、結代。 |
参附竜牡湯加減
人参、附子、竜骨、牡蠣、丹参、紅花、川芎
●人参附子で補元気 |
気陰両虚
心気虚が長いと心陰を消耗する。 |
心悸征忡、気短無力、口干咽燥、頬紅盗汗、舌紅少苔、脈細数無力 |
生脈散加減
人参、麦門冬、五味子、玉竹、丹参、黄連、炙甘草、竜骨、牡蠣
●人参、炙甘草で補気 |
3)問題点(心不全を考える場合、以下の問題点を考えながら、説明してみる)
1>起坐呼吸(横になれない)はどう解釈するか、
2>心虚の治療薬には、心に帰経しない黄耆、人参がおおいがなぜか?
3>「心気虚の心不全では脈虚数である(臨床中医内科)」これをどう見るか
(痰熱、気陰両虚で脈数は当然であるが・・・)
4>心気を補う中薬はなにか、
5>傷寒論では木防已湯、九味檳榔湯が心不全の治療薬として登場するが、
弁証の方剤では出てこない。これはどういう場合につかうか
また、脚気心とはどういう病態か。
1>起座呼吸(不得卧)について
①西洋医学では「肺うっ血により血液の水分が肺の組織に浸み込んでくるため、息切れがしてきます。夜間、床についてから呼吸困難が出現します。これは横(水平)になることにより、日中は重力のために下半身にたまっていた血液が急に心臓にもどり、肺うっ血が強くなるためです」そしてこれは左心不全が原因です。「左心不全では、心室から血液を送り出す能力が低下するので、その手前(上流側)に位置する左心房や肺静脈に血液の停滞がおこります」つまり、横になれないのは、左心不全で肺うっ血による。
②中医的には、上記の弁証から、水邪上犯、陽虚水腫、痰熱壅肺、陽虚気脱であり、ようするに水飲~痰濁の侵肺と陽虚による。
③水気上衝の機序について>劉渡舟224
「心陽が不足すると下焦の虚寒を制圧できなくなり、このため寒水は上に溢れて水気上衝が起こるのである。・・なかでも心陽が虚衰して下焦の陰寒を制御できなくなることが前提である」(ただの陽虚水泛なら下焦の浮腫が主体である)
→結論は後述
2>心虚の治療薬には、心に帰経しない黄耆、人参がおおいがなぜか?
①神戸中医研と診断学ノートより「心の虚」に使う方剤
心気虚 |
炙甘草湯 |
炙甘草9大棗15党参9桂枝6生姜6麻子仁9生地黄15阿膠6麦門冬9 |
養心湯 |
黄耆9党参9茯苓9茯神9半夏6当帰9川芎3遠志5酸棗仁12肉桂1.5柏子仁9五味子6炙甘草6 |
(挙元煎) |
(人参20黄耆20炙甘草6升麻4白朮6) |
心陽虚 |
保元湯 |
黄耆12党参15炙甘草3肉桂3 |
心血虚 |
四物湯合酸棗仁。柏子仁、遠志 |
熟地黄12白芍6当帰9川芎5+酸棗仁、柏子仁、遠志 |
帰脾湯 |
黄耆、人参、竜眼肉、酸棗仁、当帰、木香、遠志+四君子湯(人参、白朮、茯苓、甘草、大棗、生姜) |
甘麦大棗湯、 |
炙甘草9浮小麦30大棗12 |
遠志湯 |
黄耆5遠志5当帰5麦門冬5酸棗仁5石斛5党参8茯神2甘草1.5 |
心陰虚 |
天王補心丹 |
熟地黄12天門冬6玄参1.5麦門冬6当帰6桔梗1.5茯苓1.5朱砂、丹参1.5人参1.5五味子1.5遠志1.5柏子仁6酸棗仁6 |
解説>
心気を補うには炙甘草が多いが黄耆、人参、茯苓(茯神)、桂枝(肉桂)も多い。
②効能
黄耆 |
甘微温、脾肺 |
補気昇陽,益気固表、托毒生肌、利水消腫 |
人参 |
甘微苦微温、脾肺 |
大補元気、補脾益肺生津止渇,安神益智 |
(炙)甘草 |
甘平、心肺脾胃 |
補脾益気、潤肺止咳、緩急止痛、緩和薬性 |
茯苓 |
甘淡平、心脾腎 |
利水健脾、安神 |
桂枝 |
辛甘温、心肺膀胱 |
発汗解表、温経通陽 |
桂皮 |
辛甘熱:腎脾心肝 |
補火助陽、散寒止痛、温経通脈 |
ただし黄耆、人参は心に帰経しない。
③宗気について
黄耆人参は脾肺に帰経して心には行かないが、水穀の清気は脾胃でつくられ、自然界の清気は肺が吸収して、あわさって宗気ができる。これは「心が血を司る」の原動力になるから、心気を補うには黄耆、人参は必要であろう。
④心気と宗気の関係
1)宗気は脾胃が化生した水穀の清気と自然界の清気が結合してできる。心脈を貫いて営気を推動する。また「宗気は衛気と営気からなる(基礎189)。」という解説が最近の教科書には書いてある。→つまり心気のうち血を推動する役目は宗気であり、脈管の中のみでなく脈管外も走行する。
2)宗気の産生は脾、肺、が関与する。また衛気の産生も本来脾胃によるが、腎も関与する。「心気の産生には腎気の不断の補充に依頼する、象証学114」つまり心気を補うために脾、肺、腎の気を高めることが必要。
結論1 1>、2>より
「心気の推動作用(宗気)が低下して、温煦作用も低下して心陽虚になり、腎陽虚から水泛上逆して、(肺水腫のため)横になれない」これが起坐呼吸の中医病機である。宗気を生成するには黄耆、人参、炙甘草、茯苓が必要。水泛上逆には心陽虚が前提
参考(1)邓铁涛が心不全(心衰)の基本を以下のように説明している。
1)心衰は五臓六腑が関与するが心が本である。
2)心衰は気血陰陽両虚であるが心陰心陽が主である
3)心気虚が心衰の基本病機である。
心気虚から心気陰両虚、または心陽虚気虚になる。
4)標実があっても治療では補虚の上に実を瀉す
5)心陰虚なら益気温陽の基礎の上に滋陰する
参考(2)施今墨
心不全で軽症の水腫があるとき、黄耆、党参、桂枝、茯苓で心陽を治療すれば有効である。
3>「心気虚の心不全では脈虚数である(臨床中医内科)」これをどう見るか
1)通常の心気虚、水気凌心の場合と心不全の時の心気虚、水邪上犯の違い
|
脈、舌 |
症状 |
心気虚
(弁証218) |
脈細弱、或結代或虚大、舌質淡苔白 |
「心悸、息切れ、運動で増悪」
胸悶、精神疲労、倦怠、懶言、自汗、怖がり、多夢、顔面蒼白 |
●心不全の心気虚
(臨床中医内科1690) |
脈虚数、舌質淡 |
心悸、気短無力、活動後加重、
|
水気凌心(弁証234) |
脈沈緩、舌質淡、苔白 |
「心悸、喘息、眩暈、浮腫」息切れ、胸脘痞満、口渇不飲、咳漱、痰多い。小便不利、寒がり、四肢冷え、 |
●心不全の水邪上犯(臨床中医内科1690) |
脈数、疾、舌質紫暗、苔滑 |
喘息咳漱、不得卧、咳して稀薄泡沫痰を大量に吐く、心悸、征忡、気急、煩躁汗出る、口唇紫暗、 |
結論1>
①心不全の場合、心気虚で脈は数になる(解説なしなので以下で考察してみる)
②西洋医学の左心不全p1144では頻脈になる。(おそらく心拍出量が低下のため)。右心不全では数脈は一般ではない(心拡大はあり)
2)脈数になる場合(「脈診」よりp197)
一般に脈数になるのは以下の場合である
邪熱亢進 |
内外熱邪(実熱)の亢盛で熱性興奮により心拍機能は亢進し脈拍は速くなる |
陰虚内熱 |
内熱(虚熱)の亢盛で熱性興奮により心拍機能は亢進し脈拍は速くなる |
気脱、
陽脱 |
大出血などにより陰血が消耗して、気随血脱で正気が虚衰する。それで気(陽)が虚性興奮しての仮象が現れる
●按じて無力。または芤脈で数脈になる。(浮脈でもある) |
参考>①
★浮脈になる理由:営血(陰気)が虚して衛気(陽気)が浮越するため。
参考②>「老中医の診察室」p8
「高熱が出ると大方が数脈になり、尿が少なくて赤くなる。この二症状は
表寒、表熱の弁証にとっては大した意味を持っていません。寒邪にこうした症状が出ると化熱しやすくなるから、治療に際しては病邪を外表に浮き出させねばなりません」
3)脈数(全症例)のときの老中医の処方について
1-1)
赵锡武 |
心腎陽虚、痰湿阻滞、肺気壅塞
心下痞満、咳漱白痰、尿少、
心率快。 |
①真武湯加減
附子6白芍9白朮9茯苓12甘草9麻黄3石膏12生姜9杏仁9白茅根30車前子15大棗5
水腫は減ったが湿性ラ音、胸悶あり、咳漱。
②益気養心、清肺化痰する
党参15麦門冬12五味子6杏仁9甘草9石膏9麻黄15小麦30遠志6茯苓12 |
★最初は温陽、二診では補気養陰している。陰陽を考量している。 |
1-2)
赵锡武 |
心腎陽虚、肺気失宣
舌潤無苔、
脈促弦、 |
温陽納気、清肺定喘する。
附子9白芍12白朮9麻黄6杏仁9麦門冬12五味子6党参30甘草9 |
★最初から補陰補陽している。脈促弦、 |
7)
郭士魁 |
心陽虚、心脈瘀阻
心率快、苔黄白膩、脈細滑、 |
①党参24丹参30川芎12当帰15淡豆鼓15莪朮12紅花10沢瀉16白朮12茯苓25萆薢24車前子24牽牛子3 |
★心率快で心陽虚とするが、丹参30当帰15加味して補心血している |
8)
张伯臾 |
正虚邪実、寒熱夾雑
苔薄白膩、脈小数促、 |
①麻黄4.5杏仁9石膏24炙甘草3党参9附子9紫蘇子9金蕎麦30魚醒草3防已12沢瀉18
咳漱気急、喀痰は減るが心悸心慌、四肢稍温。舌質暗、脈細数促不順→養心活血、化痰する
②附子9党参12炙甘草8当帰15麦門冬9黄連2.4丹参15紅花6木防已12沢瀉15 |
★一診では清熱化痰と補心陽して、二診では補陰補陽している |
施今墨 |
心気不足、脾失健運、気血不充
舌質淡、苔薄白、脈細数。 |
①黄耆6白朮3鶏内金6枳穀3当帰3酸棗仁6茯神6遠志6柏子仁6竜眼肉6白芍6松節12炙甘草3
②三診から強心丹、神経衰弱丸併用
松節(袪風湿止痛) |
白芍、炙甘草で
陰血補う |
結論2
①老中医は心不全で脈数のときは心陽と心陰をともに補充していることが多い
②脈数になるのは実熱、虚熱、陰血不足のどれかである。
③左心不全では「心筋の傷害」があり、心拍出量低下のため頻脈になる。
中医的には、これは心陰の傷害である。つまり心不全(左心不全)の心気虚は
心気陰両虚であろう。それゆえ脈虚数と考えられる。
④心不全の水邪上犯では「心陽不振(が前提で)、肺脾腎の陽気不足があって、水飲が心をおかす1689。」とある。それでも脈数になるのは心陰陽両虚だからであろう。
4>心気を補う中薬はなにか、
①心臓にたいして薬理効果のある中薬
|
帰経 |
中医学(心への作用のみ) |
西洋医学効能(心肺に関するもの) |
人参12 |
肺、脾、(心腎) |
心神不安
失眠多夢 |
心筋興奮させ、その後抑制作用有る。心機能改善する。心筋障害を軽減し、血管拡張する。血管抵抗減らし、血圧調整する。 |
党参623 |
脾肺 |
頭暈心慌 |
免疫機能増加、胃粘膜保護作用、抗菌作用 |
黄耆680 |
肺脾 |
|
抗老化作用、抗動脈硬化、肺機能改善。非特異性免役、体液免役、細胞性免疫機能を高める |
茯苓542 |
心脾腎 |
安神、心悸失眠 |
利尿作用、心筋収縮力増強、 |
桂枝601 |
心肺膀胱 |
心脾陽虚で水湿内定に使う |
心筋の栄養血流増加。血小板抑制作用 |
肉桂296 |
腎脾心肝 |
下元虚冷を治すが心にも帰経 |
冠血流増加、末梢血管拡張、脳血流増加、心筋収縮率増加、心拍数増加 |
附子412 |
心腎脾 |
補火助陽する心陽衰弱 |
心筋収縮力を高め、房室伝導を促進する。冠血流量増加する |
白朮229 |
脾胃 |
|
血管拡張作用。胃潰瘍予防作用、心臓抑制作用、(過量で心停止) |
薏苡仁 |
脾胃肺 |
|
心筋興奮作用、高濃度で抑制 |
甘草186 |
心肺脾胃 |
炙甘草で補気陰。気短無力 |
非特異的免疫機能増加、抗菌、抗炎、抗病毒、抗アレルギー、血圧上昇、炙甘草は心律異常に有効 |
乾姜34 |
脾胃心肺 |
通心助陽する |
副腎皮質機能増強作用 |
丹参163 |
心、心包、肝 |
心悸征忡、煩躁不眠 |
冠血流を増加する。心筋虚血にたいして保護作用ある。腹水癌に有効 |
紅花334 |
心肝 |
冠心病、心絞痛 |
心臓興奮作用、冠血流増加。抗心筋虚血作用 |
牡丹皮385 |
|
|
心拍出量低下作用、心筋虚血の時には保護作用ある |
郁金458 |
心肝胆 |
癲癇、癲狂
神志不清 |
細胞性免役体液性免疫抑制作用。中枢神経抑制作用で不眠改善
CAMPを高めて冠心病に有効。抗妊娠作用。 |
当帰 |
肝心脾 |
鎮静、鎮痛 |
特になし |
白芍 |
肝脾 |
|
冠状血管、肢体血管拡張して血圧低下 |
三七 |
肝胃 |
|
冠血流増加し心拍数押さえ、心筋酸素消費量を減 |
干地黄36 |
心肝腎 |
尿血、血熱 |
強心作用。副腎皮質ホルモン増強作用。 |
熟地黄854 |
肝腎 |
|
降圧作用、拡張期血圧を下げる。心筋血流改善 |
鹿角膠728 |
肝腎 |
|
乳腺癌抑制作用、心拍出量増加作用。 |
麦門冬344 |
肺胃心 |
清心除煩 |
冠血流増加作用
心筋虚血に保護作用 |
半夏262 |
脾胃肺 |
|
心室性頻脈を改善 |
蟾酥880
蟾蜍 |
心 |
昏厥に対して開窮 |
①心筋収縮力高める。抗凝結作用。抗ガン作用。
(心肝脾、肺解毒消腫、止痛開窮) |
牛黄144 |
心肝 |
清心開窮腥神 |
①②強心作用、心拍出量増加
(清熱解毒、熄風解痙、化痰開窮) |
麝香888 |
心肝脾 |
昏厥に対して開窮 |
①心筋収縮力増大、心拍出量増大
(開窮精神、活血散結、止痛、催産) |
そのほかに福寿草、夾竹桃、鈴蘭、万年青(まんねんせい)もジギタリス作用有るが毒生強いので一般には使用していない。 |