TOP > 論文集 > 第3回
   
 
    感冒、気管支炎に対するエキス顆粒の治療効果 梅の木中医学クリニック  川又 正之
漢方と最新治療、第11巻第3号 掲載 
 
緒 言
感冒,気管支炎に対する漢方治療報告は多数あるが,「一処方に対する有効性」を検討するものが多い。臨床の場では,様々な「証」の人がいて,また感冒の初期には来院せず,少しこじれて来る者も多い。それらに対する漢方の使い方は,成書に詳しく解説されているが,実際に各証に対して処方して,総合的な有効性を調べた報告は少ない。また,成書の解説も,方証に相対させるものが多いが,現実的には,条文どおりの患者は,まずいない。そこで今回,筆者は,八網弁証を用いて「証」の分類を行い,主にエキス顆粒を用いて,どの程度有効か検討してみた。
1,対象と方法
1)対象
平成12年12月より3カ月間に,感冒・気管支炎ETCで,当院を受診した者は63名。白血球数が高度増加しているため,抗生物質併用したものが7名。顕著な咳嗽,インフルエンザのため,湯剤服用5名。主にエキス顆粒(時には咳止めシロップ,ウガイ薬を併用)を使用した者が51名で,その51名を対象とした。
2〉方法
問診,舌脈診,八網弁証により「証」を決め.エキス顆粒を投与した。問診内容は,悪寒・発熱・鼻水・鼻閉・咳嗽・痰・発汗・関節痛・頭痛・口渇の有無。
3)効果判定
エキス顆粒で,3日以内に症状消失したものは著効。4日以上かかったが症状消失したものを有効、症状の一部が改善したものを,やや有効、効果の無かったものを無効とした。ただし,4日以上薬は服用したが,3日以内に症状消失していたことが確認できたものは.著効とした。
2。結 果
表1に51名の治療内容と結果を示す。著効は39.2%(20名),有効51%(26名),やや有効7.8%‾(4名),無効2%(1名)で,有効以上は90.2%(46名)であった。やや有効,無効の5例は,湯剤に変更して,全例治癒している。治癒までの平均期間は,4,8日であった。
表1 治療内容


次に,.51名を,感冒(25名)と気管支炎(26名)に分類して検討してみた。(表2,表3)感冒では,著効44%,有効48%,やや有効8%,無効0%。気管支炎では,著効38%,有効50%,やや有効8%,無効4%であった。表4,表5では,それぞれの使用万別と有効性を示した。感冒25名に対して17種類,気管支炎26名に対しては,27種類の方剤を投与している。
次に,主訴が「鼻水」でも,八綱弁証により,「証」が異なる例を提示する。
1)No.1主訴は「鼻水,咽頭痛,咳」「舌淡紅,薄黄苔,脈浮数」
悪寒発熱はないが,舌淡紅,薄苔,脈浮なので表証。鼻水は水っぽいが,やや粘,咽頭痛あり,口渇あって冷飲好み薄黄苔,脈数なので熱証。よって風熱感冒である。麻杏甘石湯3日で治癒。
2)No。4 主訴は「鼻水,咽頭痛」「舌淡紅,薄白苔,脈浮」
悪寒発熱はないが,舌淡紅,薄白苔,脈浮なので表証。咽頭痛は熱証に多いが,鼻水が主で,口渇(-)、責苔(-),数脈(-)なので寒証。よって風寒感冒である。鼻水が多いので,乾姜,細辛の入った方剤,小青竜湯が選択でき2日で治癒。
3)No.18 主訴は「鼻水,くしゃみ,咳,鼻閉, 発熱(37.0℃),関節痛」「舌淡紅,薄白苔,脈浮緊」
発熱あるが悪寒なく.淡紅 薄白苔,脈浮なので表証。水鼻で,関節痛,口渇なく,脈緊なので 寒証。よって小青竜湯を処方して,3日で発熱(-),鼻閉(-),くしゃみ(-)なるも,「鼻水,咳がひどくなり,口渇冷飲,舌淡紅,黄苔,脈浮数」に変化する。
風寒感冒から風熱感冒に変化したので,五虎湯処方して,1日で治癒。
 
 
次に,主訴が「咳嗽」で,「証」が異なる例を提示する。
1)No.35 主訴は「咳で不眠」「舌淡紅,薄白苔,脈浮数」
悪寒,発熱はないが,舌淡紅,薄白苔,脈浮なので表証。口渇冷飲して,脈数なので熟証。よって風熱外感。麻杏甘石湯2日で治癒
2)No.36 主話は「1週間続く咳と鼻閉」
「舌淡紅,少苔,脈滑」
悪寒,発熱なく,脈滑だが浮脈(-)なので裏証。口渇少し,唇乾,痰(-),舌淡紅,少苔は陰虚を示す。よって陰虚咳嗽として,麦門冬湯3日で治癒。
3)No.41(やや有効例) 主訴は「夜間咳で不眠,発熱37.5℃.悪寒,鼻水」
「舌淡紅、薄黄苔,尖やや紅,右寸浮」
 

悪寒,発熱あり,舌淡紅,諸費苔,脈は右寸浮で表証。鼻水は粘で,舌尖やや紅はあるが悪寒が強くて,口渇(一)なので寒証。よって風寒外感 (一部化熱)である。(麻黄湯+半夏厚朴湯)2日で発熱(-),鼻水(一)になるも咳と寒けが残る。舌腺診は同じなので,「証」はあっているが,作用が弱いと判断。湯剤(麻黄湯+前胡・陳皮・桔梗・紫苑・蘇子)1日で治癒。
4)No.41(無効例) 主訴は「咳,咽頭痛,「鼻水」「舌淡紅,尖紅,剥苔,脈浮数」
悪寒・発熱がなくなってから,この症状が出現し,痰(-),鼻水は粘,ロ渇少し,舌淡紅,尖紅,剥苔,脈教は除塵を示す。また,脈浮なので表証は残っており,陰虚咳嗽とする。これには,適応する方剤がないので,(麦門湯+滋陰降火湯)を代用として,3日服用。効果なく,咳は,夜間ひどくなり,眠れない。「ロ渇,冷飲,舌淡紅,尖紅,黄苔,脈浮数」となったので,風熱外感に変化した。湯剤(桑菊飲+前胡・蘇子)3日で治癒。
3.考 察
「傷寒論」では,葛根湯の条文として,「太陽病,項背強ばること几几,汗無く悪風するは.葛根湯之を主る。」とある。本論文の対象51名中,条文通りの患者は,一人もいなかった。葛根湯は,「証」を考えずに,感冒の初期に投与しても,約7割の有効性があるとされている。ところが,本症例では,感冒の初期に来院したものは少なく,悪寒,発熱を有するものは,51名中3名であった。羅患後,2-3日経って治癒しないため来院したものが多い(表1)。そして,感冒から,気管支炎に移行して来院したものが26名であった。気管支炎に移行すれば,柴胡剤(小柴胡湯,柴胡桂枝湯、竹筎温胆湯、等)の適応とされるが、これは、邪気が少隈経入少陽経入裏して,往来寒熱、胸脇苦満,脈弦,となるものであるが,26名中,往来寒熱はなく,脈も、陰虚咳嗽を除いて、全例浮脈がみられた。これは.風熱犯肺,風寒犯肺の段階と考えられる。このように,臨床の場では,いろんな段階,多種の症状がみられるので,条文にあてはめて考えるだけでは無理がある。まな それらの「証」 を弁じて治療するのが,本来の漢方治療と考える。
中医学では,外感病に対して,八綱弁証を用いるが,その基本は,「金匵要略」に示されており,表裏、寒熱、虚実、陰陽をもって八綱としている。表証とは,外感病の症状が,主として,.体表病変として現れる場合のことで,裏証とは臓腑に病変が進行した場合である。寒熱は,寒熟属性を認識するもので,虚実とは「邪気盛んなれば則ち実、精気奪わるるば則ち虚。」とする。陰陽は,それらの大綱であり,主に大事なものは,表裏寒熱虚実である。参考に表熱,裏寒の区別を表6に示す。この区別と虚実をもって,八綱弁証するのであるが,その実際は,〈結果〉に示したように,考え ていく。
また.それによると,「鼻水」が主訴,「咳嗽」 が主訴の場合でも,各々,風熱外感,風寒外感等に分かれる。また,同じ風熱外感であっても,その治療薬は症状によって差が出る。また,51名中には気虚外感,陰虚感冒,陰虚咳嗽も含まれており,気血陰陽弁証や中陸内科も必要になるのだが,ここではその詳細は割愛する。ただ,出現している症状群を,確実に分析して,弁証していけば,エキス顆粒でも90.2%の有効率が得られるのであ る。効果不十分なものは,湯剤にかえて、100%有効となっている。湯剤に変える場合でも,現在の病証が,何か把握していることが大事で,エキス顆粒の量が少ないため,湯剤にで投薬量をふやして,治った例(No.41).もあれば、エキス剤には適当な方剤がないため、「証」が変化してしまい,方剤を全く変更して,治った例(No.44)もある。また,エキス剤で、注意すべきことは、その製造過程で高温処理してしまうので,揮発性成分を有効成分とするものは,効能が薄れでしまうことである。山本によれば、桂枝湯は,桂枝去桂枝湯ということである。その他の芳香性薬物,蘇葉,薄荷,蒼朮、厚朴もその類である。桂枝湯,香蘇散は,感冒に良い処方であ・るが,エキス剤では,効能が薄れてしまうことに留意すべきである。
このように,八綱弁証を基に,外感病を治療すれば,よい成績が得られることが紗かっだ。ただし,筆者は,「傷寒論」の条文を否定しているわけではない。「傷寒論」も,r金匵要略」も,張仲景の作である。すなわち,かの老師は.条文は大切な例題であり,その処方構成を理解することが重要で,応用力は八綱弁証にあることを,言わんとしていたのではないか,と推測している。
結 語. 
1)感冒,気管支炎で、白血球の顕著な増加のない症例51名にエキス顆粒を使用して、有効率90.2%が得られた。
2)外感病の「証」を弁別するには,八綱弁証が有効である。
文献
1) 大塚敬節:漢方診療三十年,p73,創元社,大阪,1993.
2) 加地正郎、柏木征三郎他:普通感冒に対するTJ-1ツムラ葛根湯の臨床効果,臨床と研究,70:p248-p254.1993
3) 柏木征三郎、林純他:急性上気道炎およびインフルエ・ンザに対する漢方治療,臨床と研究、63:p255-p258.1986
4) 日本漢方医学研究所編集委員会:新版漢方医学, p76 .日本漢方医学研究所、東京、1990
5) 盛克己,宮崎瑞明:風邪初期症状に対する漢方薬早期服用の効果,漢方の臨床、47:p669-673、2000
6) 日本漢方協会学術都:傷寒雑病論。p40.東洋学術出版社,千乗,1993.
7) 柯雪帆:中医弁証学,p50.東洋学術出版杜,千葉, 1996.
8) 鶴田光敏:山本厳の漢方療法。p103,東洋医学舎,東京,l994.
 
 
 
 
 
 
    NEWS