番号頁数 |
主訴 |
腹診所見 |
その他の所見 |
治療 |
p68 |
2日前より上腹部痛 |
上腹部部全体がやや膨満して硬く張っている。S字状付近は所見なし。 |
左の下腹部痛、S字状付近痛 |
黄連解毒湯 |
178 |
右脇下痛。痞えた気持ち、夫ががんになり神経質、食欲少 |
1週前よりみずおちが痛む、痛むときはそこが硬くなる。腹は全体に膨満、振水音著明。 |
心下痛の時、そこが硬くなる。グル音がして下がると痛み、硬さがとれる。 |
人参湯 |
134 |
10日前より空腹時にむねやけと胃痛 |
心下痞鞕があり、腹がごろごろなる。 |
胃酸過多症 |
生姜瀉心湯、3日で回復 |
139 |
1月続く胃痛、胃潰瘍診断 |
胃張るというが他覚的には膨満認められない。ただみずおちから臍上に抵抗と圧痛があるだけである。 |
腹鳴、失気、背痛。脈小弱、苔白湿。酒、たばこ、高血圧 |
椒梅瀉心湯(半夏瀉心湯+蜀椒、烏梅) |
151 |
空腹時痛む上腹部痛。3月前に胃潰瘍診断。 |
上腹部は全般的に緊張している。臍上4cmに圧痛点 |
甘食で酸水あがる、大便黒い、脈弦大 |
黄連解毒湯加釣藤3黄耆3 |
132 |
噯気。胃潰瘍手術5か月後 |
腹診するとみずおちがつかえ、心下痞鞕の状がある。 |
噯気が多い |
半夏瀉心湯 |
152 |
10か月つづく慢性潰瘍性口内炎 |
腹診上、やや上腹部がつかえている感じで抵抗がある。すなわち心下痞梗である。 |
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黄連解毒湯加甘草2 |
215 |
2.3年前より、疲れると胃痛、激しく嘔吐 |
腹部は全体に軟弱。胸脇苦満、腹直筋の緊張なし。 |
指頭で腹壁刺激すると腸管蠕動する。 |
大建中湯 |
359 |
3年前より胃潰瘍。食後3時間後の胃痛と胸やけ |
胃部は膨満し、正中線よりやや左に圧痛。 |
舌白 |
清熱解郁湯(山梔子3川芎2枳実2蒼朮1黄連1陳皮0.7乾姜0.7甘草1) |
373 |
胃痛と背中痛、3.4年前に胃酸過多症と診断 |
みずおちはやや膨満し,幽門付近に圧痛。 |
脈やや頻数 |
甘連梔子湯、一回飲むと胃痛へる。 |
p276 |
70日前から腹満痛、便秘結、食欲不振、腹中雷鳴、 |
心下痞、臍左傍から小腹にかけて硬結あり。 |
時に急痛、心下に逆上 |
当帰四逆加呉茱萸生姜 |
180 |
1月半前より慢性下痢、1年間より痩せはじめる |
腹は全体的に膨満の感じで心下は特に痞えた感じ。 |
舌には苔ない、湿。 |
甘草瀉心湯で下痢ひどくなり、人参湯で下痢がやむ。 |
p289 |
9か月前から生唾食後に吐く。 |
心下痞硬、臍上動悸>腹部は肉付きふつうで、心下部胸骨剣状突起の直下に抵抗があり、臍傍の左上に動悸の亢進ふれた。 |
喉、胸痞え、心窩部ちりちり痛む。夜間心臓がどきんとする |
人参湯 |
p160 |
1年前から下痢、その後、背中に鈍痛、慢性膵炎と診断。 |
腹壁薄く、剣状突起下に抵抗圧痛、心下に振水音、腹直筋が両側攣急、右上部で抵抗強く圧痛。 |
左腹直筋は臍下圧痛。体格中等、やせ形、冷え症、顔色蒼白、脈小緩、 |
柴芍六君子湯 |
p138 |
3年前から腹脹、軽い腹痛 |
腹壁薄く、たるんで緊張ない、心下抵抗、剣状突起下圧痛。 |
心下に著明な振水音 |
香砂六君子湯 |
193 |
数年、夜間多尿と下痢。下痢は軟便で後は水様便 |
心下部はかたい。 |
腹痛、里急後重なし。浮腫、口渇なし、食欲有脈芤,白苔湿 |
附子理中湯 |
症例検討から言えることは、胃病では初期は心下痞梗が多く、約2年経過すると他覚的膨満感が主になっている。脾病では初期は心下痞で、9か月過ぎると心下痞梗になっている。心下痞、心下痞硬の形成には、胃病主体の場合と、脾病主体の場合に分けて考えることが肝要である。
5)狭義の心下と膜原
狭義の心下は「胃と心の間」であり、膜原に近接している。膜原(狭義)は「胸膜と膈膜の間」12)にあり、「三焦の門戸」13)である。三焦とは「水と気の通路として重要な所で、脾胃の気が昇降するほか、心肺の気下降、肝腎の気が上昇する場である。」14) つまり脾胃升降失調からくる痞、痞硬が心下にできるのは、三焦の気機失調が膜原を通じて、腹部表面の心下に反映するからと推定できる。また、この膜原は、口鼻から入った外邪(湿温)がやがて詰まる所であり14)、寒邪が肌表を通じて侵入してくる所15)でもある。一方、傷寒論では心下は、熱邪と痰飲が結びついて結胸を起こす場16)であり、また伏邪(支飲)が慢性的に潜伏して「心下有水気」17)となる所である。つまり外邪が裏の膜原に入り停滞すると、腹診上、心下に見て取れることを示している。ここで自験例を提示する。(漢方では外感病にふつう腹診をしないので症例が少ないため)
症例1>37歳女性、昨日より発熱、本日は38.5度、悪寒少し、側頭部に頭痛と頭重感、咳少、痰少で透明、咽痛なし、口干少飲、冷飲好。食欲なく悪心、空腹感あるが食べられない。心下に痞硬痛、インフルエンザA型。脈沈細軟稍数92/分、舌淡紅、胖やや歯根、薄白苔。湿温邪気の膜原入裏として柴胡達原飲加減処方。2日目に解熱、3日で回復して痞硬もなくなる。この処方は、膜原に痰湿が詰まった者を治す処方である。つまり外邪(湿温)が膜原につまり、その表現形は心下痞梗であるといえる。
6)実際の症例との相合検討(表4)
上記の見解と実際の腹診症例から、心下痞、心下痞硬の原因は以下のように演繹できる。外邪、脾胃の気の昇降失調、心腎の昇降失調、肺肝の昇降失調、またそれらに肝の疎泄失調が影響しておこる場合、一臓からの失調による場合等である。まず(1)外邪によってできる場合だが、さらに病因により以下の症例がみられた。①風湿熱、湿温などの温病(症例136-1、自験症例1)、②風寒邪気の傷寒(221)、③結胸(p195)、④痰飲(支飲)(p208)などの伏邪。(2)脾胃の気の昇降失調の場合は、すでに上記で解説ずみであるが,まとめると、「①脾病が主の脾胃不和の時、昇降失調して心下痞を呈し、そこに邪(水湿、痰湿、湿熱、寒凝、瘀血または気滞)が集結して、心下痞梗になる。②胃病が主の脾胃不和の時は、さきに心下痞梗ができて後にそれが解消して心下痞が残り、虚痞になっていく。」となる。症例は130、134。
(3)心腎不交の場合、症例145では、心火亢進し不眠になり、上下が相済できずに心下で気が停滞して膨満感おこしている。傷寒論の熱痞に相当する。
(4)肺肝の升降失調の場合、症例245では、胸部の支飲が化熱して心下痞梗を起こしている。(5)肝の疎泄失調が影響しておこる場合、症例87では、胸脇苦満の肝郁から犯脾して升降失調し、陽明経の顔面にしびれが出現して心下は膨満している。(6)脾胃、心腎、肺肝の二臓の升降失調だけでなく、一臓からの失調からでも心下痞、心下痞梗が形成される場合がある。たとえば、症例180,193では、①脾の虚から、心下痞、心下痞硬が形成されている、一方症例373,151では、②胃の熱から心下痞、心下痞梗が形成されている。症例350では、③陽明病で大腸実熱が起こり、表裏をなす肺の粛降が阻害されて心下痞を起こしている。以上のように、多種多様な形成原因が見られたが、これは膜原、三焦の病機の多様性に由来すると考えられる。